ユーロビートの系譜がどっかいった

「A-oneのそもそも論 Special 〜其の弐〜」の内容が面白かったので。
3つめの、ユーロビートを語るパートで気になってしまって。


ここでは、(日本の?)ユーロビートを3つの世代に区分している。


第1次:90年前後:ジュリアナとか
第2次:小室ファミリー
第3次:パラパラ


あれ?80年代は?


まあこれだけ詳しい人たちが知らないはずはないとは思うのですが、
自分の怪しい記憶からとりあえず掘り起こしておく。


まず、
ユーロビートは、初期には「ハイエナジー」と呼ばれていた。


それは、曲のジャンルというよりは、アレンジ手法に近い捉えられ方で、
シンセリード、シンセタムやハンドクラップを多用し、
サンプリングを用いたブレイクを入れる、といったものだった。
(アナログ)シンセや4つ打ちは、
すでにディスコミュージックが一般化していたアメリカでは
特徴といえるほどでもなかったし、
それまでのディスコミュージックとの相違点を、
きっちり提示できるか、といわれても、難しいかもしれない。


たとえば、ボーイズ・タウン・ギャングの「君の瞳に恋してる」は
ユーロビートかどうか?という問いに答えるのは難しいと思う。


曲の構成ではないところでの特徴でいえば、
主にイタリアで作られた、ということだろうか。
そして、80年代にはすでに欧米のポップシーンでも
曲が進出していった。
例:
ラッキー・ラブ(I should be so lucky):カイリー・ミノーグ

しかし、米国などのポップシーンでは、ポップスターへの曲提供、という
形がほとんどで、アーティストや原曲がそのまま出て行くということはなかった。
数少ない例外は、Micheal Fortunatiの「Give Me Up」か。

そういったポップシーンとは別に、主に日本のディスコで流行ったユーロビートがある。
音楽ジャンルとしてのユーロビートは、ここから起こってきた、と
言えるのではないだろうか。
実際、日本以外ではこのムーブメントは来なかったそうだ。
アメリカどころか、本家イタリアですら。


代表曲:
Boom Boom Doller : King Kong & D.Jungle Girls

Fly To me : Aleph

Bad Desire : F.C.F.


なぜ日本以外ではこのムーブメントが来なかったのかというと、
すでに欧州のクラブシーンではテクノムーブメント、
Second Summer of Loveがやって来ており、
ユーロビートのような、ダークさの無い音楽の居場所はなかったからだ。


さて、90年に差し掛かるまでのユーロビートにおいては、
アルファレコードのコンピレーションCD「That's Eurobeat」が主流だった。
しかし、後発のご存知「Super Eurobeat」シリーズが次第にその人気を
奪っていった。
今でこそ小室ファミリーから一大勢力を築いだレコード会社として知られる
Avexだが、その立ち上がりはこのシリーズだった。


That's Eurobeatに収録される曲が、比較的ポップス調のノリを残したのに対し、
SEBに収録される曲は、疾走感のあるビートを感じる曲が多かった。


おそらく、この違いは、ビートを何で出すか、という点にあると思われる。
前者が、オルタネートベースのウラ拍でビート感を出しているのに対し、
後者はバスドラで突っ込んだビートを作っている。
ウラ拍を強調しないのは、アフタービートが苦手な日本人には馴染みやすい反面、
リズムがどうしても単調になるため、BPMを早くしたくなる。
パラパラの生まれた背景は、そうした経緯にあると予想される。


で、主流がSEBに移った頃のユーロビートを、
おそらくそもそも論では、第一次、と称しているのだろう。


しかし、80年代にも優れた楽曲はすでに出ており、
そもそも論でも言われている特徴「サビで曲タイトルを連呼する」は
すでに決定付けられている。


これはそもそも論でも評価されていることだが、
わたしも非常に重要な特徴だと考えている。


これがあるから、英語の苦手な日本人でもサビを口ずさめるわけで。


このタイトル=サビには、秀逸なものが、That's Eurobeatから多かった。


先に出たBoom Boom Dollerに始まり、Macho Man、とか、Samurai、とか
Japan Japanとか、Brownとか、Russianとか、Gunfireとか、Boogie Dancerとか。






That's Eurobeatの楽曲は、どこかコミカルなものが多かったが、
これがSEBでは、どちらかというとカッコつけてたり、シニカルだったりするタイトルが
よく用いられるようになった。


個人的には、SEBの楽曲がThat'sを超えたと思った曲は、
「Soul Gasoline」だった。
(そしてそれが自分が聞いたSEBの最後のCDだったわけだが)


残念ながらわたしはその後Second Summer of Loveのテクノムーブメントに
がっつり入り込んでしまいまして。


てゆーかですね、SEBをレンタル屋で借りたら、帯に
「テクノが注目されていますがユーロビートもまだまだ元気」
みたいなことが書いてあったら、
「え?いまはテクノの時代なん?」
って思って、同じAvexのSuper Club Groovin'を借りまして、
1曲目に入っていたのが、Prodigyの「Everybody in the place」ですよ。
ガツンとやられてしまいましてですね。

それから、
Shamen、808state、OrbitalProdigyなんかを聞き出しまして。
しかも、雑誌「Groove」が出てきたりとか、
永野護の作品にShamenとか取り上げられたりとか。
ああ時代はこっちなんだ、
これまで凡庸な音楽遍歴だった自分が、これで一気に最先端にいける、と。


そこでユーロビートの楽曲を新規仕入れすることはなくなっちゃったんですよ。


んで、avextrfとかを扱うようになってから、avexも離れまして。


パラパラとして紹介されたユーロビートは、
目にすることがなかったわけではないですが、
テンポが早いだけで軽いしビート感ないなぁ、とか思って聞いてまして。


電車でDのサントラ聞くまでは、
今まで聞いた曲を聞きなおすことはあっても、
新たにユーロビートの楽曲を漁ることはしなかったんですよ。

それだけに、電車でDのサントラの衝撃は大きかったですね。
「ちゃんとしたユーロビートが、日本で作れている」
「しかも同人音楽のバックボーンときっちり融合している」
「まともに歌える男性ボーカルがいる」


「Night on fire」をYouTubeで探して聞いてみたり、
「Soul Gasoline」が21世紀も聞かれているのに驚いたり、
というのは、全部電車でDのあとなんですよね。